アプリ開発者になった経緯を語るらしい会

流行に乗ってわたくしめも書いてみようと思います。ええ。

完全に放置してるブログに何か記事を投稿しないとね!

リセマラ勇者の紹介記事すら書いてないけどね!

 

ちなみに、下記の方々のパクリ記事です。

ゲームプログラマーになるまでを振り返ってみた

僕がアプリ開発者になった経緯

2016年の振り返り…ついでに今に至るまでを振り返ってみる

私がアプリ開発者になった経緯を振り返る。

 

 

ゲームやったり、漫画描いたり…小学生時代

 

正直あんま覚えてないけど、5、6年生の頃から自作漫画という名の黒歴史を作りはじめ、

卒業文集の将来の夢には「ゲームクリエーター・漫画家」と書いた僕。

順調にオタクへの道を歩み始めます。

ちなみに、小6くらいの時にwindows95なるものがうちにやってきて、

その頃からPCを触り始めます。

主にマインスイーパーとかぷよぷよとかやってた気がします。

ゲームしかしてません。

 

 

あまり覚えていない…中学生時代

 

正直あんまり覚えてない。学校もそんなに楽しかった記憶はない。

勉強は結構頑張って、学年10位前後をふらふらしてました。

今思えば一番勉強してた時期…

あとは、昔懐かしのフレームを使ったホームページを作って某ゲームのファンサイト運営とかしてました。

プログラム?なにそれ?

 

 

勉強で挫折、㌏㍂㌟㌞の時代に突入…高校生時代

 

中学で頑張り、高校に入ったら遊ぶぜー!と受験も乗り切り、進学校に入学。

入学前の春休みに膨大な宿題が出るも、受験終わって遊ぶモードに入ってた僕は一切やらず。

入学直後のテストで、まったく宿題をやってなかった僕にはサッパリな問題が出て、さっそく挫折しました。

高校に入って初めて「授業中に寝る」という技を習得し、頻繁に披露する。

テストで初めて0点を取ったり、1桁点が当たり前。みたいな状況に。

 

そのころ、ラグナロクオンラインにハマりだします。

そして、友人にそそのかされ、授業をサボってネカフェでROとか意味わからないことをやりだします。

アホである。

 

この頃からゲーム作りたい欲が強くなり、Javaでゲーム作る本とか買ったりしてました。

ただし1ページも読んでいない。

 

 

勉強しない浪人生…浪人時代

 

高校でまったく勉強しなかったせいで、大学がどこも受からず。

1浪することに。

 

予備校に通うも、先ほどのRO仲間にそそのかされ、ゲーセンに入り浸ってました。

家ではRO、昼間はゲーセンで格ゲーちょっと遊んだりとかするみたいな生活。

 

予備校の先生に「このままじゃどこも受かるとこないよ」と言われる。

 

そして迫る受験。

そんな中、予備校にある大学のパンフレットをふと手に取りました。

本当に何気なく取っただけでした。

そのとある大学の情報系学科に、「ゲームクリエータを養成する特別授業」があると載っていました。

これだ!とビビッと来た僕は、この大学を受けるとこを決断。

 

調べてみると偏差値も高くない。

楽勝やんけ。とまったく勉強してない僕が何故か自信満々。

 

試験の内容は、ほぼ中学の頃の知識で解ける内容でした。

勉強してなかったけど、中学の遺産でなんとか乗り切れ、無事合格。

晴れて大学生活が始まりました。

 

 

勉強にサークルにデザインにプログラム…大学時代

 

大学に入り、一人暮らしを開始。

大学デビューというやつなのか、心機一転頑張ろうと思い、

「話すのがめんどくさい」自分を押し殺し、明るめに振る舞いだします。

 

勉強も頑張ろうと思い、「高熱が出ても授業は休まない!」と分けわからん方面で力を入れるように。

でも、もともと偏差値が高くない大学だったので、予習復習必要なし。

授業出てればテストで高得点。

という感じだったので、そこまで勉強は頑張ってませんでした。

ゲームばっかしてました。

でも、成績優秀賞とかもらったりしてたので、高校の頃に比べたらよくやってた気がします。

 

そして、今までずっと帰宅部だった僕ですが、ゲーム作りたい欲に燃えてた僕は、

デザイナーになるべく「漫画研究会」へ入会。

絵がうまくなりたいと思って入ったけど、

普段から描く癖がついてないので、一向にうまくならず。

年間で結構な数の会誌に漫画を出さなければいけないという、

なかなか大変なノルマもありましたが、クソみたいな漫画を提出しまくりました。

でも今思うと、このころに教えてもらった知識が色々役に立ってる感じはします。

 

そして念願のゲームクリエータ養成講座。

通常は休みの土曜日を1日使って、ゲームに関する特訓をするというもの。

受けるには試験があり、それをクリアしないといけないというなかなかハードルの高い授業でした。

 

デザインコースとプログラムコースに分かれており、好きな方を受けられるというもので、

どちらかというとデザイナーになりたかった僕は、1年目にデザインコースを受けました。

そこでは、デッサン・3D・アニメーションの授業がありました。

午前中デッサンor3D、午後パントマイム(アニメーションを知るためには体の動きを知ろうということで)をやりました。

 

ところが、半年くらいは頑張ったのですが、デッサンがうまくできなくて、

「これは向いてねーわ」と思い辞めてしまいました。

今思うとものすごいもったいないことをしたなーと思います。

もう一回デッサン勉強したい…

あと、パントマイムがかなりきつかったのもあります。

人前で色々演技したりとか…

 

そんなこんなで、デザインが無理ならプログラムだ!とバカ丸出しでプログラマに転向。

大学で初めてプログラムをやり、C言語やC++の授業が楽しかったからっていうのが大きいですが。

2年目に特訓授業のプログラムコースを受けます。

これは、C#(XNA:XBOXでゲームが動かせるやつ)を使ってゲームを作ろうというものでした。

序盤は1か月で1本ゲーム作って発表みたいな感じだったかな?(あんま覚えてない)

この時はDirectXでテトリス・ルービックキューブ・麻雀が遊べるやつ(バグでちゃんと遊べない)を作りました。

 

そして最後に、デザインコースとプログラムコースでチームを組んでゲームを作るっていうのがあり、

「ガチャフォース」みたいなゲーム作りてーってことで、

プログラマー2人とデザイナー4人でチームを組み、

4人同時対戦できる3Dのゲームを作ることに。

バトルして社長の座を奪い合うゲームが爆誕。

(しかしバグだらけ)

なんかオープンキャンパスとかで出展したりしてました。

 

そんなこんなでゲーム三昧の4年間を過ごし、就職活動へ。

ゲーム会社行きたいなーくらいにしか考えてなかったけど、めんどくさくて皆より遅めに開始。

気づいたら大手のいいところはほぼ説明会満席で締め切り…

空いてた大手K社を受ける。

1次の筆記がめちゃ簡単で、なんなくクリア。

「ここ落ちたらSEとかいろいろ受けよー」みたいなアホみたいな考えで、他のところはほぼ受けず。

 

あ、試しにSEの会社1社だけ受けて、「面接で1番に行きたいところは別にあるって言うと落ちる」が真実か確かめたくて、

「第一希望はゲーム会社です!」って面接で行ったら、バッチリ落ちました。

 

そんなのほほ~んとした感じでやってたら、某K社から内定をもらってしまい、無事就職活動終了。

なんか学部生(院生は除く)で大手ゲーム会社行くの初めて?らしく、取材されて学校の会誌に載ったりとかもしました。

 

大学時代が一番楽しかったです。

 

 

ゲーム会社に就職。そして…会社員時代

 

会社に就職するも、モバイル系の部署に配属されました。

まだスマホが流行る前だったのですが、「これからはモバイルが来るんじゃねーか」と思い、就活の時にモバイル入りたいって言ったからでしょうけど。

 

モバイルに入って、最初は先輩の下についてスマホアプリの開発をしていました。

ほんの数か月で別のチームに異動しましたが、かなりお世話になった先輩。

まさか「あぷまがふぁいなる」で再会するとは思っていませんでした…

 

そして、モバイルチームの中の唯一のPCオンラインチームへ異動。

オンラインゲーム作れるの!?と思いきや、公式サイトの制作・運営をやらされる…

とはいっても、PHP&MySQLでユーザー管理やイベントの管理をしてたので、

サーバー周りに少しだけ詳しくなる。

 

このころから部署内で「ソーシャルゲームがこれからくるんじゃねーか」みたいな話になり、

程なくしてヒット作が連発。

会社全体がソシャゲに傾きはじめ、モバイル部署が拡大。

 

3年目にしてやっていたオンラインゲームが終了し、そのままそのチームでソシャゲ開発に。

実はプランナーをやりたくて、ちょいちょい企画を提案してた僕に白羽の矢が立ち、

立ち上げからプランナー兼プログラマーとしてチームに参加。

色々頑張るも、(詳細は省くが)色々あってうまくいかず、気持ちが会社から離れ始める。

 

元々独立欲があり、自分でゲーム会社立ち上げたいという思いがあった僕は、

独立のための道を模索し始める。

 

もともと、「3年働けば、ゲーム制作のノウハウが出来て、独立して自分でもそこそこやっていけるだろう」という思いもあって、

ゲーム会社に就職したのもあったりしたんですが、

3年働いてみた結果、全然ノウハウもわからんし、独立なんてさっぱりな状態だったので、

これはいかんと思い、本格的に独立すべく行動を始めます。

 

そしてなぜか、起業するには「営業・経営・時間管理等々、いろんな能力が必要だ!」と思い、

コミュニケーションが苦手だった僕は、「とにかく営業だ!」と決心し、副業で営業的なことをはじめだします。

 

正直、当時の僕に会ったら「好きなことはすぐにやれ!」と言いたいですが、

人間は失敗しながら成長するもの。

昼間は会社で働きながら、夜と土日を使って営業代行のような仕事を始めます。

 

通信・賃貸・その他諸々の商材を代理店として営業したり、

パーティや交流会を開催したり、

マッチングみたいなことをしたり。

 

そして、副業が10万ちょいくらい稼げてたのと、

会社員4年目に自分の作っていたソシャゲが終了し、別チームに異動になったのをきっかけに、

会社を辞めることを決意します。

 

 

独立するがしかし…ただただ苦しい時代

 

土日と夜だけやってそこそこ稼げるなら、フルタイムでやれば余裕っしょ!

という軽い気持ちもあって、ゲーム会社を辞めて独立。

 

副業時代に知り合ったほかのメンバーと、今の会社を立ち上げます

(もともとは営業代行の会社であって、ゲームを作るためのものではない)

 

 

しかし、予想とは裏腹に、まったくうまくいかなくなります。

元々営業は苦手でやりたくないことで、それを無理に続けていたせいもあって、

かなり精神的にボロボロになり始めます。

 

お金はない。睡眠時間も3時間くらい。

月に100人に会うとか楽勝で超えてる。

でも結果でない。

 

そして他の人からは、金づるみたいな付き合いしかされない。

 

人間嫌いに拍車がかかり、

「もうやだ!!人と関わりたくない!!」

となります。

 

それでも、「そんな弱い自分がいけないんだ!と思い、

「やりたくない」と思った瞬間に「それをやる」というルールを作って、

さらに自分を追い込んで色々やってました。

 

今思うと、あの時のモチベーションが欲しい。どこいった。

 

 

全てを投げ出して、アプリ開発へ…アプリ開発時代

 

そんな中、実は某K社の新入社員で同期だったみっふい氏から、突然LINEで連絡が。

5年ぶり?6年ぶり?くらいに。

 

「今個人でアプリ作ってる」

「日給○○円だようへへへへ」

 

と自慢のメッセージが大量に送られてきます。くそう。

(大分脚色してます。すみません。)

 

一人でできる。PCあれば家でできる。

 

しかもゲーム作れる。

 

別に営業力とか付けなくても、すぐにゲーム開発できるじゃん。

何やってたの僕。

 

ということで、

今までやっていた営業系はすべて辞め、

東京からも引き払い、

引きこもってゲームだけ作ろう…

と、まだ何も作ってないのに決意。

 

収入もなくなるし、引きこもるなら家賃がもったいないので、実家に戻り…

(実家組です。ごめんなさい)

 

「だんまくりっかー」を作り。

思ってたよりも収益がもらえ、これはいけそうだなーということで、今に至ります。

 

そんな私は、今年1本もリリースできませんでした…

いや、色々作ってはいたんですけどね…

営業とかやってたときの気合はどこへ行ってしまったのか…

 

正直、無理して頑張ったせいで、ものすごい反動が来てサボり魔になってしまった気がします。

 

僕から言えることは、

やりたいことがあるなら、遠回りせずにすぐやろう。

自分の苦手を克服することに苦しむよりも、楽しみながら得意を伸ばすことに専念しよう。

です。

「苦手なことは得意な人に任せる」がお金持ちのマインドだそうですよ。

 

 

まとめ

 

ということで、長々と意味不明な文章を読んでいただきありがとうございました。

なんかよくわからん人生をのほほ~んと生きてきてます。

 

ちょっとダレ過ぎてるので、来年はゲームいっぱいリリースしたい!

作りたいネタはいっぱいあるんだー!

誰か代わりに作ってくれー!

 

以上、今年もありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします!

 

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